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葬儀で故人を労いましょう

葬儀に際しては、無念の言葉を投げかけるのが正しいのだろうが、私は故人にお疲れさまでしたと声をかけたくなる。どんなに不幸に満ちた人生だったとしても、もはやそれに苦しむことはない。私は安らかに眠りたまえと念じて焼香をする。葬儀は悲しむべき場だが、労う場であってもいいと思う。人生には浮き沈みがつきものであり、死を迎えるときはその沈んでいるときであろうと考えられる。だからこそ、今までありがとうゆっくり休んでくれというメッセージを押し出していくのも、供養のひとつとして効果的なのではないかと、私は思うのである。

誰でも平等に年をとる

葬儀ではもっと故人を労う方向に進めてもいいのではないかと思う。香典や焼香も、その気持ちを込めた方がいいのでは。人生に苦労はつきものである。どんなに長生きしても体の衰えは避けられない。ある日寝たら目覚めなかった、という幸福な死に方ができる人は多くない。しかし、まだ若い私にとっては葬儀など永久に訪れない未来であるように思われてならない。髪が抜け始め、体力が落ちてからようやく実感として湧いてくるものなのだろうか。まったく年はとりたくないものだが、生きている限り誰にでも平等に時間は経つのだから仕方がない。

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